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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)193号 判決 2000年5月23日

原告 理想科学工業株式会社

代表者代表取締役 A

訴訟代理人弁護士 井出正敏

同 玉利誠一

同 井出正光

同 櫻井彰人

同弁理士 B

同 C

同 D

同 E

被告 株式会社リコー

代表者代表取締役 F

訴訟代理人弁護士 稲元富保

同弁理士 G

同 H

主文

特許庁が平成9年審判第4516号事件について平成10年5月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いがない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、考案の名称を「輪転謄写製版印刷装置」とする登録第205003号実用新案(昭和58年4月28日実用新案登録出願、平成5年6月15日出願公告、平成7年2月7日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告は、平成9年3月19日、本件考案の登録無効の審判を請求し、特許庁は、平成9年審判第4516号事件として審理した結果、平成10年5月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成10年5月25日、原告にその謄本を送達した。

2  本件考案の実用新案登録請求の範囲

「原稿を露光する露光手段と、

原稿より反射した光を光電変換して電気的画像情報とするデジタル型の読み取り手段(イメージセンサ)と、

当該画像情報を発熱素子よりなる書き込み手段に送る伝送手段と、

ロール状の感熱孔版原紙と、

当該ロール状原紙を繰り出して版胴のクランパ迄搬送する搬送手段と、

前記書き込み手段とクランパの間に配置され、書き込みが終了した原紙を切断するカッターと、

前記クランパにより保持された前記原紙を前記版胴が巻き取った後謄写印刷する手段と、

印刷終了後前記原紙を前記版胴から剥離し近接する排版ボックスに排出する手段とよりなる製版機能と印刷機能を併せ有する小型輪転謄写製版印刷機であって、

露光手段、デジタル型の読み取り手段(イメージセンサ)を前記謄写印刷手段の上方に配置し、書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を設けたことを特徴とする小型輪転謄写製版印刷機。」(別紙図面1(1)参照)

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、請求人(原告)が提出した特開昭47-13106号公報(審決でも本訴でも甲第1号証)、特開昭55-63174号公報(同甲第3号証)、特開昭56-90675号公報(同甲第4号証)、特開昭53-74826号公報(同甲第5号証)、特開昭55-103957号公報(同甲第6号証)、特開昭56-68057号公報(同甲第7号証)、特開昭56-94872号公報(同甲第8号証)及び特開昭55-55658号公報(同甲第25号証)には、本件考案の構成の一部である「書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を設けたこと」(以下「本件構成部分」という。)の記載もその示唆もなく、また、本件考案は、本件構成部分によって「本願考案は書き込み手段のプラテンローラのみの回転運動により直接感熱孔版原紙に張力を与え乍繰り出すことにより寄りじわが生ぜず精度のよい書き込みを行うことができる」という作用効果を奏するものと認められると認定し、この認定を前提として、本件考案は、上記各考案からきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできないなどと判断し、結局、請求人(原告)が主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件考案の登録を無効とすることはできない、とするものである。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由2頁2行ないし19頁12行は認め、19頁14行ないし20頁16行は争い、20頁17行ないし21頁13行は認め、21頁14行ないし18行は争う。

審決は、本件考案と甲第4号証記載の技術(以下「甲第4号証発明」ということがある。)との技術的な親近性を看過したことなどのため、甲第4号証には本件構成部分もそれを示唆するものも記載されていないと誤った認定をし、その結果、本件考案の容易推考性の判断を誤ったものであって、その誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものであるから、取り消されるべきである。

1  本件考案と甲第4号証発明との技術的な親近性の看過

審決は、甲第1号証、甲第3号証ないし甲第8号証及び甲第25号証に記載された技術的表現、文言のみにとらわれて、本件考案と甲第4号証発明の複写機との技術的な親近性を看過している。

本件考案の明細書には、「本考案は、感熱孔版原紙を発熱素子で製版して版胴に巻回し、輪転謄写して印刷を行う装置に関するものである。」(甲第19号証2欄5行~7行)と記載されていることから、本件考案は、発熱素子で製版した感熱孔版原紙を使用する印刷機を対象とするものである。他方、甲第4号証発明は、発熱素子により感熱発色し画素を形成する複写機を対象とするものということができる。

本件考案は印刷機を、甲第4号証発明は複写機をそれぞれ対象とするものではあるが、ともにオリジナル(被写体)の文字、画等を複製するための機械であり、その複製手段も、前記したとおり、ともに「発熱素子」を利用して紙に画素を形成するものである限度では、技術として同一であり、両者には、単にその画素形成が製版か、感熱発色かの差異があるにすぎない。しかも、両機械の画像読み取り部の構造及び機能は同一であり、また、画像書き込み部の構造はサーマルヘッドと背面ローラにより被書き込み体を搬送する点で同一である。したがって、両者の対象とする機械は、親近技術分野に属するものであり、しかも、感熱記録という同一の技術分野に属する技術を使用するものである。本件考案に係る当業者と甲第4号証発明に係る当業者は、本件構成部分との関係においては、実用新案法第3条2項でいう「その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者」として同じ当業者であるということができる。

2  甲第4号証についての認定の誤り

本件構成部分である「書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を設けたこと」は、次のとおり、すべて甲第4号証に記載されているものである。

(1)  本件考案のプラテンローラ19とは、「書き込み手段(サーマルヘッド)7に押しつけ当接されていて、原紙8の繰り出し方向に回転駆動することで原紙8との摩擦を利用して書き込み手段7に対して原紙8をすべらせて繰り出す」ローラを意味するものである(甲第19号証(実公平5-23347号公報)の特許請求の範囲及び第1図(別紙図面1(1)参照))。一方、甲第4号証発明のゴムローラ53とは、「サーマルヘッド52に接して引出された感熱記録紙51をサーマルヘッド52とともに上下からはさんで圧接し、モータによって回転力が与えられて一定速度で記録紙51を引出す」ローラである(甲第4号証2頁左下欄11~16行、第5図(別紙図面2参照))。

両者を対比すると、いずれもサーマルヘッドに当接された背面ローラであって、その作用においても同じであるから、甲第4号証発明においてサーマルヘッド52に当接され回転駆動により記録紙51を搬送するゴムローラ53は、本件考案においてサーマルヘッド7に当接され回転駆動により原紙8を搬送するプラテンローラ19に相当する。

(2)  本件考案の「感熱孔版原紙」とは、書き込み手段のサーマルヘッドとプラテンローラとの間に送り込まれ、プラテンローラの回転駆動により、プラテンローラとの摩擦を利用して、書き込み手段に対してすべらせて繰り出される被書込み体をいうものである。一方、甲第4号証発明の感熱記録紙51とは、「ロール51aよりサーマルヘッド52に接して引出され、サーマルヘッド52とゴムローラ53に上下からはさまれ圧接されて、回転力が与えられたローラ53により、一定速度で引き出される」被書込み体をいうものである(甲第4号証2頁左下欄11~16行及び第5図)。

ここにおいて、両者の対比に当たり技術的にみて意味があるのは、<1>プラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す点、<2>書き込み手段のプラテンローラのみの回転運動により直接感熱孔版原紙に張力を与えながら繰り出す点である。この点から考察すると、甲第4号証発明の感熱記録紙51と本件考案の感熱孔版原紙8とは、いずれも、上記技術的事項<1>、<2>を満足するものであり、この技術的事項との関係において同一の構成及び作用を有する。

したがって、甲第4号証発明においてサーマルヘッド52とゴムローラ53との間に供給されゴムローラ53の回転駆動により搬送される「感熱記録紙51」は、本件考案においてサーマルヘッドとプラテンローラとの間に供給されプラテンローラの回転駆動により搬送される「感熱孔版原紙」に相当する。

被告は、甲第4号証発明の感熱記録紙と本件考案の感熱孔版原紙とが相違することを種々主張するが、感熱孔版原紙や感熱記録紙には、色々な種類があり、被告主張のように感熱孔版原紙は腰が弱く、感熱記録紙は腰があると明確に分類できるものではない。

(3)  前述のとおり、本件考案の印刷機と甲第4号証発明の複写機とは、互いに親近関係にある技術であり、また、両者とも、被写体の情報信号を記録系(サーマルヘッドとプラテンローラ等)を用いて原紙又は記録紙に製版又は記録する際の原紙または記録紙の引き出し(繰り出し)に関しているものであるうえ、上記のとおり、甲第4号証発明のゴムローラ53は本件考案のプラテンローラに相当し、甲第4号証発明の感熱記録紙51は本件考案の原紙に相当するのであるから、甲第4号証記載の「サーマルヘッド52とゴムローラ53は記録紙51を上下からはさんで圧接しており、ローラ53はモータ54によって回転力が与えられ、一定速度で紙を引出す」(2頁左下欄12~16行目)という搬送手段は、本件構成部分と実質的に同じであるから、本件構成部分は、実質的に甲第4号証に記載されているということができる。

(4)  進歩性判断の前提として、引用例に本件構成部分が記載ないし示唆されているかを判断する場合には、本件考案の属する技術分野における通常の知識を有する者が、引用例の記載を読んで理解される技術内容(技術的思想)と本件構成部分とを比較して判断されるべきものである。そして、前述のとおり、甲第4号証発明の複写機と本件考案の印刷機は、近接した技術分野に属するものであり、しかも、感熱記録という同一の技術分野に属する技術を使用するものであるから、このような技術の分野における通常の知識を有する当業者が、甲第4号証に接したとき、そこに本件構成部分を読み取ることは、きわめて容易というほかないものである。

(5)  このことは、本件考案の出願経緯、具体的には、本件構成部分が本件考案の構成要件とされるに至るいきさつに照らしても、明らかというべきである。

すなわち、本件構成部分は、本件考案に係る願書に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書」という。)には明示的には記載されておらず、補正後の明細書で初めて記載されたものであるにもかかわらず、本件考案は、本件構成部分を含んだまま、要旨変更という判断を受けることなく登録となったのであるから、本件構成部分は、明示的に記載されていなくとも理解できる技術的事項であるため、当初明細書に現実の記載はなくとも記載されていたものとみることができると、特許庁において判断されたことになるのであり、このように、特許庁の審理において自明の技術的事項として判断されたということは、当該技術的事項は本件考案出願時において当業者の自明の技術常識であったことを示すものというべきである。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、いずれも正当であり、審決を取り消すべき理由はない。

1  本件考案と甲第4号証発明との技術的な親近性の看過について

(1)  「印刷」と「複写」とは、複製技術として同一ではない。印刷には「版(マスタ)」を使用するが、複写は「版(マスタ)」を使用しないのである。印刷はまず「製版」を行った後、「印刷(画像形成)」を行う必要があるが、複写は「製版」を行うことなく「画像形成」を行うのである。印刷は、凸版、凹版、平版、孔版の4つの方式に分類することができ、このうちで、孔版の製版方法は、機械的製版方式、電気的製版方式、感熱製版方式等の方式に分類され、このうちで、感熱製版方式は、更に、光照射による感熱製版方式と、サーマルヘッドによる感熱デジタル製版方式の2つの製版方式に分類される。これに対して、複写は、静電複写方式、感熱複写方式等に分類される。このことから分かるように、「印刷」のうち、孔版で、感熱製版方式で、サーマルヘッドによる感熱デジタル製版方式のものと、「複写」のうち、感熱複写方式のものとは、意味する内容が異なっており、一方が製版で、他方が記録であるとの違いをさておいても、到底、「複製技術として同一である」ということはできない。

そして、後述するように、謄写製版印刷機で使用する感熱孔版原紙と複写機で使用する感熱記録紙とでは、その機能、材質、構成、構造、腰の強さにおいて大きな差異が存するのである。

(2)  一般的に、感熱記録とは、感熱式複写機等の記録装置において、その感熱記録プロセスで記録(画像出力)されたものが画像部を黒色等に変色させたものでそのまま出力物(ハードコピー)としてアウトプットされて使用される場合をいうのである。すなわち、感熱記録とは判読可能な状態で記録される場合をいうのである。これに対して、謄写製版印刷機においては、感熱式謄写製版を採用した場合でも、製版プロセスによって感熱孔版原紙に穿孔で判読不能な逆像の画像を形成するだけであり、その穿孔された感熱孔版原紙がそのままハードコピーとして出力されることはあり得ず、その逆像が形成された感熱孔版原紙が謄写印刷プロセスを経ることで、はじめて印刷インキの通過により印刷用紙に正像で判読可能な画像が形成されるのであり、記録されるのは印刷用紙であって感熱孔版原紙ではない。つまり、感熱孔版原紙は複製された複製物ではない。換言すれば、本件考案が対象とする謄写製版印刷機においては版となる感熱孔版原紙を製版するのに対して、甲第4号証発明が対象とする複写機では版ではなく最終結果物であるハードコピーとなる感熱記録紙に記録するのである。

(3)  上述のとおり、甲第4号証発明の複写機における「感熱記録」と本件考案の謄写製版印刷機における「感熱製版」とでは、技術的な主題や技術的課題が大きく相違するのであり、両者が同一の技術分野に属するとか、「感熱記録」という同一の技術分野に属する技術を使用した密接に関連する技術であるとすることはできないのである。

2  甲第4号証についての認定の誤りについて

(1)  甲第4号証の記載を精査すると、同号証に係る発明は、特に複写機に関する発明であるから、本件考案の属する謄写製版印刷機とは異なるうえ、同号証には、感熱記録紙として謄写製版印刷機における感熱孔版原紙を用いること、謄写製版印刷機においてロール状感熱原紙を繰り出して版胴のクランパまで搬送する搬送手段を備えていること、謄写製版印刷機において書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を有することについて、何ら記載されておらず、示唆する記載もない。

したがって、審決の「甲第4号証(特開昭56-90675号公報)には、被写体の実像を電気変換信号としてラインセンサ上に形成する複写機の撮像部と、該信号をサーマルヘッドに送る手段と、ロール状の感熱記録紙と、モータにより駆動されるゴムローラとを有し、該記録紙はその上下からサーマルヘッドとゴムローラにより挟んで圧接され、モータの回転により一定速度で引き出されること、が記載されているものと認められる。」(審決書13頁3行~11行)との認定は、正当であり、原告もこれを認めているものである。そうすると、審決が適法に認定した上記甲第4号証には、謄写製版印刷機に関する本件構成部分が含まれていないことは明らかである。

(2)  甲第4号証発明の複写機と本件考案の謄写製版印刷機とは、前述したとおり、技術分野を異にするものであり、また、甲第4号証発明の感熱記録紙と本件考案の感熱孔版原紙とはその機能、材質、構成、構造及び腰の強さ/弱さという搬送性の点において異なるものであるから、甲第4号証発明の「感熱記録紙」が謄写製版印刷機の感熱孔版原紙を含むものであるとするのが当業者にとって技術常識であるということはできない。

複写機で使用する感熱記録紙と謄写製版印刷機で使用する感熱孔版原紙とについて、単に、その厚さ、熱で溶融して変化する層を有するか否かで比較して、両者が近接したものであるとすることは、複写機(感熱記録)と謄写製版印刷機(製版印刷)との違いを理解しないものである。すなわち、感熱記録紙と感熱孔版原紙との違いで重要なのは、その機能、材質、構成、構造と、腰の強さ/弱さである。詳述すれば、感熱記録紙は繊維の密度が高くインキ不通過性の基材の表面に熱で変色する層を形成したものであり、腰があって、搬送し易い。これに対し、感熱孔版原紙は、繊維の密度を極端に低くしてインキ通過性に抄紙された多孔性薄葉紙と熱で溶融穿孔される厚さ0.002mm程度の熱可塑性樹脂フィルムとを貼り合わせたものであって、感熱記録紙とは機能、材質、構成、構造が異なり、腰が弱くて搬送し難いものである。よって、このような相違点を有する感熱記録紙と感熱孔版原紙とを技術的に極めて近接しているとするのは失当である。

(3)  本件考案のプラテンローラは、感熱孔版原紙をサーマルヘッドに押しつけつつ、上述したように薄く腰の弱い感熱孔版原紙をしわやスキューを発生させることなく搬送するために配置されている(審決が認定した作用効果)ものであり、ここに中間搬送ローラを用いずにプラテンローラのみによるヘッドまでの繰り出しを採用している理由がある。

これに対して、甲第4号証発明のゴムローラは、腰があって搬送しやすい感熱記録紙を搬送するために配置されているものであって、中間搬送ローラを用いずにプラテンローラのみによるヘッドまでの繰り出しを採用しなければならない理由がない。

また、甲第4号証に記載された「ゴムローラ」は「複写機のハードコピーとなる感熱記録紙を引き出す」ものであるのに対し、本件考案の「プラテンローラ」は「謄写製版印刷装置の版となる感熱孔版原紙を繰り出す」ものであるから、その作用効果においても相違する。

加えて、本件考案のように「感熱孔版原紙をロール状態からプラテンローラで繰り出し搬送する」ことについては、甲第4号証を含めて本件考案の出願前には何ら開示されていない。したがって、甲第4号証のゴムローラが本件考案のプラテンローラに相当するとはいえない。

(4)  したがって、甲第4号証の「記録紙はその上下からサーマルヘッドとゴムローラにより挟んで圧接され、モータの回転により一定速度で引き出される」という構成は、本件構成部分に相当するものではない。

(5)  原告は、本件構成部分を加えた補正が要旨変更でないとされたことは、それが技術常識であると認められたからであると主張しているが、進歩性判断における技術常識と明細書の要旨変更における自明性との違いを理解しない誤りである。すなわち、出願時において、当業者にとって、当初明細書の記載からみて自明な事項も、当初明細書に記載した事項の範囲内とみられるのであり、その際、「当初明細書の記載からみて自明な事項」とは、当初明細書にその事項自体を直接表現する記載はないが、当初明細書等に記載されている技術内容を、出願時において当業者が客観的に判断すれば、その事項自体が記載してあったことに相当すると認められる事項をいうのであり、そのように認められた事項が進歩性判断における技術常識ということになるわけではないのである。

第5当裁判所の判断

1  本件考案と甲第4号証発明との技術的な親近性の看過について

(1)  甲第19号証によれば、本件明細書には、技術分野に関して、「本考案は、感熱孔版原紙を発熱素子で製版して版胴に巻回し、輪転謄写して印刷を行う装置に関するものである。」との記載が、従来技術と本件考案の目的に関して、「従来、感熱孔版原紙を製版する手段としては発熱素子によるもの、放電破壊によるもの又は原稿と原紙を重合して光の照射を行うものが知られているが、放電破壊方式は製版時間が長く原稿、原紙を巻くためのシリンダーが多くのスペースをとり装置全体が大型になり、原紙に使われている台紙を自動的にはがし取る機構が必要となり装置が複雑となり、又原紙は薄く腰が弱いので送りの安定性が得にくゝ自動給版が困難であり、1枚1枚を分離し搬送するのが困難であるため、製版装置と印刷装置を一体化するのは困難であった。」、「本考案は発熱素子により製版を行い、原稿、原紙の製版装置、印刷装置ヘセツトする煩雑な操作をなくし、感熱孔版原紙をロール状とすることにより、給版装置の自動化を容易となし装置全体を小型化することを目的としている。」との記載が、効果に関して、「本考案によると、ロール状の感熱孔版原紙を用いているので1枚1枚の分離搬送が不要で安定した給版動作が得られ、オペレータ操作が簡単となり、光電変換による製版なので原稿と原紙とを重合する必要がなく、画像を拡大、縮小したり階調補正したりでき、従来の感熱製版方式に比べて原稿の色素の違い(顔料と染料との吸熱性の違い)による影響を受けず、又、従来の放電破壊方式のように製版時臭いのある気体が発生せず、放電針の摩耗交換を行う必要がない。感熱孔版原紙は数十ミクロンと非常に薄いものが多く、例えばロール原紙と書き込み手段との間に中間搬送ローラがあった場合には、書き込み手段のプラテンローラと中間搬送ローラとの回転ムラにより(中間搬送ローラが相対的に早くなる)感熱孔版原紙にたるみが発生し、このたるみが書き込み手段のプラテンローラ部で寄りじわとなるが、本願考案は書き込み手段のプラテンローラのみの回転駆動により直接感熱孔版原紙に張力を与え乍ら操り出すことにより寄りじわが生ぜず精度のよい書き込みを行うことができる。又、本願考案はデジタル型の読み取り手段(イメージセンサ)を謄写印刷手段の上方に一体的に配置しているので、印刷機の設置床面積を増大させることなく原稿読取手段を有した上で全体を小型化できる。」との各記載があることが認められる。

上記記載から明らかなとおり、本件考案は、印刷技術に係るものであって、孔版、感熱製版によるもののうち、感熱孔版原紙を発熱素子で製版するというサーマルヘッドによる感熱デジタル製版方式の複写製版印刷機に関するものである。

(2)  甲第4号証(特開昭56-90675号公報)には、「被写体の実像を電気変換信号としてラインセンサ上に形成する複写機の撮像部と、該信号をサーマルヘッドに送る手段と、ロール状の感熱記録紙と、モータにより駆動されるゴムローラとを有し、該記録紙はその上下からサーマルヘッドとゴムローラにより挟んで圧接され、モータの回転により一定速度で引出されること」が記載されていることは、審決が認定しているとおりであり、当事者間にも争いがない。

上記記載によれば、甲第4号証に記載されているのは、複写技術のうち、発熱素子によって感熱記録紙を感熱発色させて画素を形成させるというサーマルヘッドによる感熱複写に関するものである。

(3)  本件考案のサーマルヘッドによる感熱デジタル製版方式の複写製版印刷機に関する技術と、甲第4号証発明のサーマルヘッドによる感熱複写機に関する技術とを対比すると、前者が「印刷」で製版を形成するものであるのに対し、後者が「複写」で感熱記録紙に画素等を形成するものであるから、その技術内容に相違するところがあることは明らかである。

しかしながら、前記のとおり、本件考案は、印刷機の機構に関する考案であり、特に、審決が格別の作用効果があるものとして取り上げた本件構成部分、すなわち、「書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を設けたこと」との部分も、印刷機の機構自体を対象としているものである。この側面からみると、本件考案の印刷機と甲第4号証発明の複写機とは、光電変換と発熱素子を利用して被写体から複製物を形成する点において同一であり、相違するのは、対象が感熱孔版原紙であるか感熱記録紙であるか(形成される複製物でいえば、孔版であるか記録であるか)という点のみといい得るものである。

(4)  そこで、さらに、本件考案のサーマルヘッドによる感熱デジタル製版方式の複写製版印刷機と甲第4号証発明のサーマルヘッドによる感熱複写機の、それぞれの技術分野の関係について検討する。

(イ) 甲第1号証(特開昭47-13106号公報)には、「謄写法における原紙又はマスタ版がタイプライタなどによる機械的手段、電子的手段、熱的手段などの各種手段によって製版できることも広く知られている。」(5頁右上欄7行~10行)」との記載があることが認められ、同記載によれば、昭和47年ころには、熱的手段による複写技術によって製版をすることができることが周知となっていたことが認められる。

(ロ) 甲第6号証(特開昭55-103957号公報)には、「感熱性孔版原紙に発熱素子を当て、この発熱素子に電流を流すことにより孔版を作ることを特徴とする孔版製版方式。」(特許請求の範囲)、「本発明は、感熱性孔版原紙の製版方式、特にファクシミリ信号のような電気信号から孔版を作成する製版方式に関する。従来、ファクシミリ信号から孔版印刷用の製版を行なう方式には、放電破壊記録の技術を応用して謄写原紙をつくるものがある。」(1頁左欄14行目~19行目)、「又、従来感熱性孔版原紙を使用して製版を行なう方式には、感熱複写の技術を用いたものがある。」(1頁右欄13行目及び14行目)、「この方式を、感熱記録形のファクシミリ受信機に適用して孔版製版を行なえば・・・すぐれた製版が行なえる利点がある。」(2頁右上欄9行目~13行目)、「以下、本発明の実施例を第3図に基づき説明する。感熱性孔版原紙(31)は、ポリエチレンのような熱可塑性樹脂樹脂フィルム(31a)及び多孔性薄葉紙(31b)を貼り合わせた構造をしており、上述のように本来の製版工程は赤外線を含む光を照射して赤外線をより多く吸収して温度の高くなる黒領域だけ熱可塑性樹脂フィルムを融かすか、凝縮させるか、あるいは原稿に付着させて除去するかして製版を行なうのであるが、本発明によれば発熱素子、例えば電源(34)とスイッチ(35)から供給される電流で発熱する発熱抵抗体(33)へ電流が通じた時だけ感熱性孔版原紙に穿孔部分(31’)をつくることが可能となり、スイッチ(35)のかわりに半導体スイッチング素子で電源(34)を駆動するようにすれば、電気信号で感熱性孔版原紙を製版する電子化された製版工程が実現できる。さらに、発熱素子は1個だけでなく、必要な解像度を満たす大きさで必要な幅分の長さに多数個一列に並べたもの、例えば感熱記録形ファクシミリ受信機の記録ヘッドを使用すれば、機械的走査の要らない方式が実現できる。」(2頁4欄14行~5欄13行)、「感熱記録形ファクシミリを装置の改造なしに、そのまま使用して孔版製版が実現できる。」(3頁7欄13~14行)との各記載があることも認められる。

上記記載によれば、本件考案の出願前から、既存の感熱記録形ファクシミリ受信機をそのまま利用し、例えば感熱記録形ファクシミリ受信機の記録ヘッドを使用し、その発熱素子により、ファクシミリ信号から感熱性孔版原紙を製版する技術が存在し、これが公知となっていたことが認められる。

(ハ) そうすると、本件考案の出願当時には、本件考案のサーマルヘッドによる感熱デジタル製版方式の複写製版印刷機と甲第4号証発明のサーマルヘッドによる感熱複写機とは、装置自体の面で技術分野が相互に近接しており、感熱記録の技術を利用して感熱性孔版原紙を製版することができるものとなっていたことが認められる。

(ニ) 被告は、感熱記録と感熱孔版製版の相違を根拠に、本件考案に係る複写製版印刷機と甲第4号証発明に係る感熱複写機とでは技術分野が異なる旨主張するが、両者の技術分野の間に、前者における本件構成部分に係る構成を考案するに当たり後者のそれに対応する部分を参考にすることを妨げるほどの相違が何ら存在するものではないことは、上述したところに照らし、明らかである。

2  甲第4号証についての認定の誤りについて

審決は、本件考案の構成の一部である「書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を設けた」という構成が甲第4号証に記載されておらず、それを示唆する記載さえないと判断しているので、その当否について検討する。

(1)  甲第4号証(特開昭56-90675号公報)に、「被写体の実像を電気変換信号としてラインセンサ上に形成する複写機の撮像部と、該信号をサーマルヘッドに送る手段と、ロール状の感熱記録紙と、モータにより駆動されるゴムローラとを有し、該記録紙はその上下からサーマルヘッドとゴムローラにより挟んで圧接され、モータの回転により一定速度で引出される」という技術が記載されていることは、審決が認定するとおりである。

さらに、詳しくみれば、甲第4号証によれば、その発明の詳細な説明中には、「次に、このようにして得られた被写体の情報信号は、例えば第5図に示すような記録系を用いて記録紙上に記録される。第5図において、51は感熱記録紙、52はサーマルヘッド、53はゴムローラ、54はゴムローラ53を駆動するモータである。感熱記録紙51はロール51aよりサーマルヘッド52に接して引出される。サーマルヘッド52とゴムローラ53は記録紙51を上下からはさんで圧接しており、ローラ53はモータ54によって回転力が与えられ、一定速度で紙を引出す。サーマルヘッド52のクロック入力52aは前記ラインセンサ3に与えたのと同じ不等速のクロックが加えられる。また画入力52bにはラインセンサの画出力3Aが加えられる。サーマルヘッド52は線状に多数の発熱素子が配列されたものであり、ラインセンサと同様にクロック入力信号によって順次線方向に走査され、発熱素子が信号入力によって発熱するとそれに接した記録紙が感熱発色し画素を形成する。」(2頁左下欄6行目~右下欄4行目)との記載があることが認められる。

上記記載によれば、甲第4号証発明のゴムローラとは、サーマルヘッドに当接して引き出された感熱記録紙をサーマルヘッドとともに上下からはさんで圧接し、モータによって回転力が与えられて一定速度で回転駆動して感熱記録紙を引出すというゴム製のローラであり、また、ゴム製であるから、当然に摩擦を利用し、サーマルヘッドに対して感熱記録紙をすべらせて繰り出す機能を行うものであることが認められる。

本件考案の「プラテンローラ」と対比すると、いずれもサーマルヘッドに当接されたローラであって、その作用も同じである。

(2)  弁論の全趣旨によれば、感熱孔版原紙は、謄写印刷に使われるからインキを通すべく感熱層部分が穿孔されるものであるとともに、ベースとなる紙は多孔性であることを要件とするのに対し、感熱記録紙は穿孔されることはなくベースとなる紙が多孔性であると認めることもできず、両者は構造と機能が相違するとともに、用途も、感熱孔版原紙が謄写製版印刷機に版として使われるのに対し、感熱記録紙は感熱式複写機等の記録装置にそのまま出力物となるように使われるものである。したがって、感熱記録紙と感熱孔版原紙が同一であるといえないことは、明らかである。

(3)  以上を総合すると、「書き込み手段(サーマルヘッド)に押しつけ当接されている書き込み手段のプラテンローラを原紙の繰り出し方向に回転駆動することで原紙と書き込み手段のプラテンローラとの摩擦を利用して書き込み手段に対して原紙をすべらせて繰り出す搬送手段を設けたこと」という本件構成部分は、その限度では、甲第4号証発明のそれに対応する部分と一致し、両者の相違は、上記「原紙」が、本件構成部分においては「感熱孔版原紙」であるのに対し、甲第4号証発明においては「感熱記録紙」である点のみである。

本件構成部分が甲第4号証にすべて記載されているとする原告の主張は、上記一致点に着目すれば正しく、上記相違点に着目すれば誤りである。

(4)  前記のとおり、本件構成部分は、甲第4号証発明が、本件構成部分中の「感熱孔版原紙」の要件を具備していない点で相違し、その余の点では一致しているものである。

この点につき、被告は、謄写製版印刷機で使用する感熱孔版原紙と複写機で使用する感熱記録紙とでは、その機能、材質、構成、構造、特に腰の強さ/弱さにおいて大きな差異が存するとして、これを根拠に、甲第4号証発明の複写機における「感熱記録」と本件考案の謄写製版印刷機における「感熱製版」とでは、技術的な主題や技術的課題が大きく相違すると主張する。

しかし、仮に、感熱孔版原紙と感熱記録紙とで、その機能、材質、構成、構造、腰の強さ/弱さにおいて差異が存在するとしても、その差異が、前者について検討している当事者が、参考となるかもしれない先行技術として後者に関するものがあるとき、それを採用してみようと考えるのを妨げるか否かは、問題となる事項により異なる。そして、本件構成部分に関する構成に限ってみた場合、感熱記録紙の搬送に関する甲第4号証発明の構成を、感熱孔版原紙の搬送に適用してみようと考えることを妨げるものは、本件全証拠によっても、何ら見出すことができない。被告の強調する感熱孔版原紙の腰の弱さは、むしろ、適用してみようと考えるのを容易にする要素というべきである。いわんや、前記認定のとおり、既存の感熱記録形ファクシミリ受信機をそのまま利用し、例えば感熱記録形ファクシミリ受信機の記録ヘッドを使用し、その発熱素子により、ファクシミリ信号から感熱性孔版原紙を製版する技術も存在していたのであるから、被告の主張は、採用の限りでない。

(5)  本件構成部分の進歩性に関連して、原告は、本件構成部分を加えた補正が要旨変更でないとされたことは、それが技術常識であると認められたからであると主張する。これに対し、被告は、出願時において、当業者にとって、当初明細書の記載からみて自明な事項も、当初明細書に記載した事項の範囲内とみられるのであり、その際、「当初明細書の記載からみて自明な事項」とは、当初明細書にその事項自体を直接表現する記載はないが、当初明細書等に記載されている技術内容を、出願時において当業者が客観的に判断すれば、その事項自体が記載してあったことに相当すると認められる事項をいうのであり、そのように認められた事項が進歩性判断における技術常識ということになるわけではない旨主張している。

一般論としていえば、本件構成部分を加えた補正が要旨変更でないとされたからといって、直ちに、本件構成部分が進歩性判断における技術常識ということになるものではないことは、被告主張のとおりである。しかしながら、甲第9号証によれば、本件構成部分が、当初明細書には明示的には記載されていないことが明らかである。にもかかわらず、被告は、当業者がそこに本件構成部分が記載してあると読み取るべき何らの具体的根拠も挙げていない。そして、当初明細書(甲第9号証)をよくみても、本件構成部分への想到がきわめて容易ではないことを前提にしつつ、これをそこに読み取ることを可能にするものを見出すことはできない(例えば、当初明細書中には「プラテンローラ」の文言はなく、甲第9号証の第1図(本件考案の願書に最初に添付した図面。別紙図面1(2)参照)には、「プラテンローラ」の図はあるものの、符号も動作を示す矢印もない。)。

したがって、本件構成部分に進歩性を認める余地がないことは明らかであり、これに進歩性を認めようとする被告の主張は失当である。

3  よって、本訴請求は、理由があるから、さらに審理を尽くさせるため審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 宍戸充 裁判官 阿部正幸)

別紙図面1(1)、1(2)、2<省略>

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